ノンフィクション3作

久しぶりのブログ。直近で見たいなと思っていたのがたまたまノンフィクションで、3作品イッキ見したら全て当たりで素晴らしかった。

ザ・モール

我々の父親

チェチェンへようこそ

 

ザ・モール

www.imdb.com

デンマークの料理人が10年に渡り北朝鮮コミュニティに潜入したノンフィクションである。長い年月をかけてひたすらに盗撮し続けた高官やブローカーとの生々しい会話はこの作品以外では味わうことはできないだろう。北朝鮮の無表情な人々、中国高官の見下した態度、ウガンダ高官の適当さ、ヨルダンブローカーの強欲。

ただし、この作品の最大の特殊性は、その生々しいリアリティではなく、ノンフィクションらしからぬリアリティのなさだと思った。主人公であるウルリクの潜入のモチベーションもほとんど強調されず淡々と任務をこなす様は、兵器や麻薬といった北朝鮮ならではの現実性とともに示されても緊迫感をあまり感じさせない。本当のスパイとはすさまじい強心臓ゆえに緊張感すら感じさせないのだろう。それゆえ、この作品は実はノンフィクションを騙ったフィクションなのでは?と不安に思い視聴中にWikipediaで主要な登場人物を検索してしまったくらいだ。公式には100%ノンフィクションと書かれているし、ワームビア氏の事件は当時の報道で知っていたのでそこから先は安心して見れたものの、やはり部分的にはフィクションなのではとモヤモヤした感覚を覚えさせる不思議な映画だった。

フランス人外国人部隊出身という経歴を持ち、北朝鮮とビジネス交渉する石油王という役割を演じるジェームスの言葉を借りれば、秘密に迫る好奇心が北朝鮮への潜入を駆り立てたのだという。映画を撮るために命を賭けてまで潜入してくれた彼らのすさまじい狂気が本作品を結実させたのは間違いない。

 

我々の父親

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テレビ広告で興味を持って民間のDNAキットで調べてみたら血縁関係のきょうだいが同じ街に何人もいることがわかり、SNSで連絡をとってみたところ全員の共通点が人工授精で産まれたことだった。不妊治療のための人工授精を担当した医者が自身の精子を何十人もの人工授精に黙って使用していたのというのが事件の真相であった。父親の精子が提供されていたのにも関わらず医者自身の精子を使っていたところに果てしない罪深さを感じる。さらに頭を抱えるのが、現在の法体系ではこの行為を罪に問うことができないことだ。そのため、犯人である不妊治療医がなぜ自分の精子を使った人工授精を繰り返したのかも裁判で明らかにすることができない。

オランダで起きた実在の事件をアメリカを舞台に作品化しているので、本作品で事件の動機として匂わされているキリスト教的価値観や銃社会の要素がどこまで現実を反映しているのかわからない。だが、どのような動機であったとしても、構造的にはどの国、地域でも起こりうる問題である。この事件の提起する人工授精や法体系の問題は将来的に不妊治療の増加を避けられない社会においては熟慮されなければならないだろう。

 

チェチェンへようこそ

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ウクライナ情勢における戦争犯罪で責任を問われてるチェチェン共和国だが、本作品で触れられるのはLGBTに対する迫害問題である。LGBTが極度に恥とされる社会では、そのアイデンティティを公開することは政府による抹殺に直結する。ロシアの支援団体がチェチェンから国外に脱出する手助けをするが、発見されれば直ぐに拘束されて殺害されるため、常に緊張感に包まれて作品は進む。脱出者のプライバシーを守るためにディープフェイク技術で表情が巧妙に偽装されているのがこの作品の最大の特徴だが、かなり自然に編集されているので全く違和感なく見ることができる。

海外にうまく脱出できる者もいれば、脱出中に警察に拘束される者、難民ビザ申請の待機に痺れを切らせて失踪する者もいる。支援団体も常に危険と隣り合わせの日常を過ごさなければならない。人権とはなにか、社会正義とはなにか、改めて思い知らされる強烈な作品だった。